大みやみち (勢子辻〜富士山本宮浅間大社)



日時・行程
          2016年8月19日
          勢子辻 〜 R469 〜 高尾山穂見神社 〜 本殿往復 〜 R469 〜 山神社 〜
          県道158号 〜 次郎長地区 〜 弘願寺道標 〜 神成地区(旧道) 〜
          県道158号 〜 忠霊塔 〜 小泉 〜 阿幸地 〜 R139横断 〜 大頂寺裏 〜
          富士山本宮浅間神社


地図

国土地理院地形図

ルート図



勢子辻を出発 春耕道しるべ16号 勢子辻の道祖神 春耕道しるべ39号


勢子辻まで上るバスは夏の期間でも1日に1本しかない。9:47勢子辻バス停着。
勢子辻の旧道交差点に道しるべや道祖神等石造物が並んでいる。仁藤春耕は元吉原の東海道から
富士岡を通ってこの勢子辻までやってきて道しるべの16基目を建てた。そして十里木から大野原
印野、滝ヶ原、須走口の三味線林まで行っている。ここにはもう1基第39号の小さな道しるべも
建てられている。ちなみに16号には左てえしゃば(富士岡から鈴川の停車場方面を表す)
右よしわらみち(現県道24号)そして右側面には「大みやみち」と刻まれている。



国道469号を西進する 春耕道しるべ45号 右 大みやみち 大淵 市境まで6.7km


旧道から国道469号に出て西に進む。300mも行くと左から細い道が上がってくる。富士市立
森林墓園からの道である。この角に仁藤春耕道しるべの第45号が建っていた。右大みやみち
左大ぶちみち とこのような表示である。大みやみちは国道になり拡幅されて旧道に沿ってはいるが
この道しるべの位置もやや北寄りの分岐に建っていたものだと推察する。



高尾山穂見神社入口 穂見神社参道 穂見神社拝殿 本殿に向かう


道しるべの45号から国道を西に向かって歩き、南富士CCのゴルフ場入口を通り過ぎて、
高尾山穂見神社まで約2.5kmで30分。この間は道の両側はヒノキの樹林帯で眺望もなく
ただひたすら歩く。穂見神社。創建は比較的新しく明治15年11月に山梨県高尾の穂見神社から
勧請、祭神は保食神(ウケモチノカミ)。拝殿裏に本殿までの参道が上っている。



本殿への急な登り 途中の小祠 穂見神社本殿 本殿前から富士市街


拝殿の裏には雨でも降っていれば滑りそうな急斜面があり、ここを登った所に本殿が祀られている。
拝殿からの標高差は約70m、真っ直ぐ一気に登っていく。途中踊り場状態の所に小祠があった。
結構きつい登りは最後の階段を喘ぎながら登りきった所に、下からは見えないが思ったより小さな
屋根が苔むした石祠がある。前で手を合わせ下を見る。この日の天気は悪かったが富士市街と
駿河湾まで一望できる。



富士本交差点の子待塔 新不動沢橋 村山分岐の跡 富士本西町交差点


本殿からの急坂を駆け下りて先を急ぐ。富士市街地、中野から上ってきた道との交差点に子待塔と
道祖神とを注連縄で結んだものが見える。子待塔「甲子」明治33年4月。道祖神は自然石の文字
道祖神であった。さらに西に向かって不動沢を渡り、3分程で右に入る細い道があった。昔はここから
村山に向かう道があったらしいが今では道は途切れて不明である。国道469号が広く舗装されて
村山浅間神社の前を通っているので不要となったのであろう。富士本西町交差点に向かう。



山神社手前の道祖神 山神社 山神社拝殿 県道158号を下る


国道469号は真っ直ぐ西に伸びて村山方面へ、左手前の下り道は県道72号で富士市街へ、そして
左奥の下り道は県道158号で、これが「大みやみち」である。交差点の右手に山神社があった。
山神社の手前に新しい道祖神。詳細は不明。山神社は特に石造物は見当たらない。ここで11:50と
なり昼食休憩。12:15出発。県道158号を富士山本宮浅間大社をめざして下っていく。



県道に入った所の道祖神 県道158号を下っていく 新次郎長橋 次郎長弘願寺


県道に入り10分もしないうちに右手に分岐があり、分岐点に道祖神が1基建っている。左側面に
昭和51年1月とあり比較的新しい。国道と違って県道を下っていく道はいたって静かだ。快適に
樹林帯の中を歩いていく。40分も下ると次郎長地区に入ってくる。新次郎長橋の変則交差点。
ここを通り過ぎて左手に弘願寺。寺院の堂宇を探すが見あたらない。位置的にいって間違いないと
思われるが、道標や道祖神があるはずだ。



弘願寺の道標 弘願寺の道祖神 弘願寺の道祖神 弘願寺跡(?)


左に入る細い道が分岐している足元に道標はあった。右 大宮 左 杉田 と朱書されていた。
やはりここが弘願寺であろう。木立に囲まれた中に建物があり、とても寺院にはみえない住宅である。
弘願寺というのは元寺院があったのだろうか、それとも地名だけなんだろうか。道標と木立を挟んで
背中合わせに2基の道祖神がある。新しい方が次郎長西組の文字碑で昭和56年のもの。古い方は
昭和36年の造立で1文字「道」が欠けているが文字碑の自然石である。



富士宮市に入る 村山道(登り道) 神成地区旧道 旧道にある道祖神


道標は弘願寺の所に「山神」があるはずで、資料によると山神宮 右 十里木となっているものを探すが
どうしても見つからなかった。さて、ここから6〜7分で市境。富士宮市に入る。市境の左手から来て
県道を横断している道が村山道の上りである。この交差点を斜め左に入る細い道が神成地区の
旧道である。旧道(大みやみち)は神成で県道をS字状にまいていた。旧道畑の中の道祖神。自然石の
文字碑で明治9年3月造立。



神成地区 県道158号に戻る 富士宮市街地を見下ろす 忠霊塔


神成地区。富士山村山修験の法印を調べていて神成を雷と記されている史料もあって、昔は「雷」と
書いていたのかもしれない。再び県道158号に合流してどんどん下っていく。このあたりからは
富士宮市街地が広がっているのがよく見える。やがて右手に忠霊塔を通り過ぎる。



忠霊塔から見る市街地 小泉の妙泉寺 国道139号を横断 悪王寺神社


忠霊塔脇を通過時刻が14:00。もうどんどん市街地が近くなる。やがて小泉地区に入ってもうほとんど
道の傾斜は緩くなる。妙泉寺参道の前を通過して国道139号に出合う。ここを横断して右手が
悪王子神社。町の名前は悪王寺の文字を変えて「阿幸地町」。時刻は14:35。



頼朝の二つ石 大頂寺裏 元城町の道祖神 富士山本宮浅間大社


悪王寺神社の先、右側の電器店脇に「二つ石」といわれている頼朝関連の史跡がある。富士宮市の
説明板によると頼朝が富士の巻狩りの際、馬に乗る時に踏み台にしたという石らしい。県道158号は
ここから先大変細くなって突き当る。当たった所は本宮大社から村山浅間神社に向かう参詣道だ。
突き当りをクランク状に西に曲がると平等寺裏から大頂寺裏に出る。この細い道が本宮浅間大社の
湧玉池まで続いている。途中元城町に双体道祖神1基。自然石宝珠形くり抜きで合掌型であった。
「大みやみち」勢子辻から本宮浅間大社まで下ってきた。地図上の距離14.3km。8月の暑い日差しの
中を歩いたためか非常に長く感じた。本宮大社着14:53.。勢子辻から約5時間。



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