日時・行程 |
2012年4月29日 |
蒲原宿(東海道西木戸跡・古屋敷) 〜 近世東海道東木戸跡 〜 |
光蓮寺 〜 七難坂 〜 (迂回)県道396号 〜 共立蒲原総合病院 〜 |
病院裏東名高速側道 〜 小池地区 〜 近世東海道 〜 八坂神社 〜 |
吉津地区 〜 富士川楽座 〜 渡し場跡 〜 (迂回)富士川橋 〜 |
かりがね堤 〜 岩松中学校 〜 四ツ家 〜 静岡県立富士高校 〜 |
富士市立看護専門学校 〜 潤井川・富士見橋 |
地図 |
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蒲原宿(近世西木戸跡) | 近世東海道蒲原宿 | 蒲原宿(近世東木戸跡) | 諏訪神社 |
古代・中世の東海道が浦方路と分かれて山裾を通り永倉駅で足柄路に伸びていた根方街道。分岐点を |
県道396号の近世西木戸跡あたりに定めて、ここからスタートする。向かい側は元蒲原宿の古屋敷で |
ある。浦方路はここから富士川河口に向かっていた。今でも江戸時代の風情漂う町並を通過、東木戸 |
跡と諏訪神社前を通り七難坂に向かう。 |
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左は近世東海道新坂 | 光蓮寺 | 光蓮寺手前を右折 | 七難坂 |
左折すると光蓮寺・新坂を上って中之郷方面へ。しかし、新坂を通るようになったのは天保年間、幕末も |
1840年代である。それ以前は光蓮寺手前を右折し住宅の間を通って急坂を登って行く。七難坂といわ |
れていた坂である。しかし、現在は光蓮寺墓地上で日本軽金属の社有地を通っているため立入禁止の |
札が建てられていた。 |
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日軽金社有地で立入禁止 | 七難坂下から駿河湾を望む | 県道396号に迂回 | 義経硯水と浄瑠璃姫 |
やむを得ずひき返して県道396号に迂回する。途中の坂から駿河湾と吹上六本松方面がよく見えた。 |
県道に出るとすぐ左に蒲原木ノ内家の墓所があり数基の五輪塔が建てられ歴代の御霊が祀られて |
いる。また、同所に義経硯水の碑も建てられ浄瑠璃姫との説話も伝えられていた。 |
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義経硯水の碑 | 県道を東進 | 左折して蒲原病院の坂を上る | 七難坂北側を見る |
硯水を過ぎ県道を東進していく。七難坂上の日軽金技術センターに登る道もあるが通過して蒲原病院 |
方向に向かう。病院入口の信号から左折して坂を上って行く。共立蒲原総合病院、左側をぐるっと回り |
込んで立入禁止だった七難坂の北側に出る。ここまで出発してからちょうど1時間。 |
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七難坂北側も立入禁止 | 共立蒲原総合病院 | 蒲原病院裏の東名側道 | 東名高速のガードをくぐる |
当然のことながら北側も通行止めであった。当時光蓮寺前からこの坂を登ってくるのはかなり厳しかった |
に違いないと思う。ここから病院裏の尾根状になった所を下る。左手に東名高速道路が通っている。 |
その右側の側道を下って、下りきった所ガードをくぐり東名西側に回り込む。この先何度も東名ガードを |
くぐって側道を東名に絡みつくように辿って進む。 |
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富士市に入り小池地区 | 新幹線ガードをくぐる | 中之郷地区 | 岩淵一里塚 |
ガードをくぐり抜け上がった所が新坂から北進してきた近世東海道と出合う。小池地区であった。ここ |
からは近世を西進した東海道中之郷・岩淵を逆に東進する。再び東名ガードをくぐって東側の中之郷 |
地区から岩淵地区へ。一里塚前を通り八坂神社前の交差点に来る。一里塚前で休憩をとるが、出発 |
した蒲原宿から2時間かかった。 |
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岩淵八坂神社交差点を左折 | 八坂神社 | 東名高速側道の坂を上る | 側道の上から富士川SA |
八坂神社交差点の先は小休本陣、ここを左折して東名高速の側道に出る。坂が短いけれどきつく |
傾斜の表示は12%となっていた。坂の頂点に東名を渡る橋が架かっていて高速道路上を眺めると |
すぐ北側に富士川S.A.が見えている。 |
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側道を下りて東名ガードをくぐる | 吉津地区 | 富士川堤防右岸の県道10号 | 富士川楽座 |
側道の坂を下りてガードをくぐると吉津地区だ。さらに下ると富士川右岸堤防道路にぶつかる。この |
堤防道路は県道10号になっていて左、北の方向に向かうと富士川の右岸左岸に絡みながら身延 |
まで上って行っている。T字路になった右側が富士川S.A.と連結した富士川楽座である。 |
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右岸渡渉地点(楽座東駐車場) | 右岸渡渉地点から対岸を見る | 富士川右岸県道10号 | 秋葉山常夜燈 |
富士川楽座の東駐車場は堤防から川に迫り出したようになっている地形で、おそらくこの地点で |
渡渉したのではないかと思えた。対岸を眺めると岩松中学校の体育館の丸屋根がよく見える。むろん |
当時こんな目印はないが、岩本山から右側に緩く下ったあたりで真っ直ぐというよりやや上流方向か。 |
現在では橋もないため、右岸の県道を下って富士川橋に迂回する。県道396号の富士川橋手前に |
秋葉山常夜燈と共にこの地で舟運を開いた角倉了以についての説明板も建てられている。 |
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県道396号富士川橋を渡る | 水神社 | 水神社を左折して堤防へ | 雁(かりがね)堤 |
県道396号に出て富士川橋を渡る。対岸にこんもりとした木々が見えるのは水神社だ。富士川の |
渡渉地点は古代から近世にかけて富士川の氾濫により常に変わっていた。右岸は隆起している |
河岸段丘ができてからはほぼ一定になったものと思われるが、左岸は堆積した土砂が扇状地を |
作り富士山麓を東進し幾筋もの流れになっていた。水神社は近世東海道の渡渉地点であり、ここ |
から北に右岸堤防が「く」の字に築かれていて雁堤と呼ばれている。これは度々の氾濫から新田を |
守るため代官古郡氏3代が50年余かけて苦難の末延宝2年(1674)に完成させたものである。 |
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かりがね堤説明板 | 富士川左岸堤防 | 左岸渡渉地点から対岸を見る | 左岸堤防を下りる |
雁堤で昼食休憩をとりながら時計を見ると10:52、蒲原宿を出てから約3時間であった。護所神社の |
ある「く」の字の頂点から左岸堤防は真っ直ぐ上流に伸びている。一度堤防道路が下に降りる所で |
対岸を眺めるとやや下流方向に富士川楽座の大きな建物が見えている。このすぐ北側が右岸から |
見た岩松中学校の体育館である。 |
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岩松中学校 | 潤井川に向かって東進 | 山神社 | 四ツ家の道祖神 |
堤防道路から岩松中学校に降りて東名高速の下をぐるっと回り込み学校北側の道を東進する。やがて |
松岡地区に入ってくる。山神社・四ツ家稲荷神社の前を過ぎ、四ツ家交差点の次の交差点の北西側 |
角にポツンと道祖神が建っていた。新しい石塔なので年代を見てみると昭和46年7月再建起工と刻ま、 |
れていてかつてあった石塔を建てなおしたものだろうか。 |
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JR身延線竪堀駅南側 | 富士緑道(旧身延線跡) | 県立富士高校 | 左折して潤井川に向かう |
雁堤から小一時間でJR身延線ガードをくぐる。すぐ北に竪堀駅。東進していくと竪堀交差点を越えた |
ところ南北に緑道が通っていた。元は富士駅からここを身延線が通っていて、西側に軌道が変更に |
なった後、緑地公園として活用しているようだ。しばらく行くと県立富士高校正門前を通り過ぎる。 |
富士高校東角の県道175号を渡って左折する。いよいよ潤井川は近い。 |
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富士市立中央小学校 | 富士市立看護専門学校 | 富士見橋 | 潤井川 |
斜めに入った道の東側が富士市立中央小学校。そして左の西側には富士市立看護専門学校がある。 |
両校の間を北に進むと堤防に突き当たる。潤井川である。堤防に上がり富士見橋の中間地点から |
潤井川の上流・下流を眺める。川はこのあたりになると川幅も広く流れも緩やかである。根方街道 |
第1回目のゴールをこの地点に決定する。蒲原宿から4時間25分かかった。 |
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