三島夏まつり
![]() |
![]() |
![]() |
撮影日 2010, 8, 15 ・ 2013, 8, 15 |
1 神社 |
神社名 三嶋大社 |
所在地 静岡県三島市大宮町2−1−5 |
創建 不詳 |
社格 旧 官幣大社 伊豆國一之宮 |
祭神 大山祇命(オオヤマツミノミコト) |
積羽八重事代主神(ツミハヤエコトシロヌシノカミ) |
神紋 角切三 五七の桐 |
由緒 創建は不詳だが、極めて古くこの地に鎮座し、神の御名より地名も |
三島となった。延喜の制ではすでに最高の格である明神大となって |
おり、中世以降、武士の崇敬が篤く特に源頼朝が挙兵の際に祈願し |
後に神領を寄進したことは有名である。明治4年最高の社格である |
官幣大社に列せられた。 |
2 祭典日程 |
8月15日・16日・17日 |
訪問日 2010, 8, 15(日) 再訪問 2013, 8, 15(木) |
【第一日目】 午後 菅奉納祭 当番町山車曳き回し 山車シャギリ大会 |
宵宮祭 献燈奉告祭 三島大文字焼き |
当番町山車競り合い |
【第二日目】 午前 例祭 |
午後 当番町山車パレード 頼朝公旗挙げ出陣式・旗挙げ行列 |
踊り屋台パレード 農兵節パレード 大神輿渡御 |
子供シャギリ大会 手筒花火 当番町山車競り合い |
【第三日目】 午前 崇敬会大祭 |
午後 武田流流鏑馬 農兵節パレード 後鎮祭 子供シャギリ大会 |
当番町山車競り合い |
3 山車・屋台 |
種類 山車・踊り屋台 |
台数 全29台(山車26・屋台3) シャギリ大会参加台数15台 |
型 変形江戸型2層勾欄囃子台(人形台) ・ 単層唐破風大屋根屋台 |
方向転換 3輪(梶棒) 4輪(ハンドル・レバー) |
人形 有(人形上下=大社町 固定=寿町) |
囃子 シャギリ(太鼓・笛・鉦) |
4 山車・屋台 詳細 → 詳細ページへ |
川原ヶ谷 四輪勾欄型山車(上層囃子台 下層レバー運転台) |
日の出町 四輪勾欄型山車(上層囃子台 下層ハンドル運転台) |
大社町 四輪勾欄型山車(上層囃子台 下層運転台・人形=諫鼓鶏) |
中央町 四輪勾欄型山車(上層囃子台 下層ハンドル運転台) |
東本町二丁目 四輪勾欄型山車(上層囃子台 下層ハンドル運転台) |
大場 四輪勾欄型山車(上層囃子台 下層ハンドル運転台) |
御園 四輪勾欄型山車(上層囃子台 下層ハンドル運転台) |
寿町 四輪勾欄型人形山車(上囃子台 下ハンドル運転台・人形=寿丸) |
南本町 四輪勾欄型山車(上層囃子台 下層ハンドル運転台) |
西若町 四輪勾欄型山車(上層囃子台 下層ハンドル運転台) |
泉町 四輪勾欄型山車(上層囃子台 下層ハンドル運転台) |
大中嶋 四輪勾欄型山車(上層囃子台 3輪 梶棒) |
南町 四輪勾欄型山車(上層囃子台 下層ハンドル運転台) |
清住町 四輪勾欄型山車(上層囃子台 下層ハンドル運転台) |
三好町 四輪勾欄型山車(上層囃子台 下層ハンドル運転台) |
5 所感 三島夏まつりには2度訪問した。3年前(2010)には全く予備知識もなく、下調べも |
せずにいきなり行ってしまったものだから、ただ「しゃぎり」の音の大きさに圧倒されて |
肝心な写真撮影も疎かにしてしまった。帰宅後の写真資料の整理をしてみて再度の |
調査の必要性を感じ3年後に出直すことにしたのである。 |
ただ、三島の山車に関してはどうしても資料が見あたらず、制作年や制作者等々 |
不明な個所が多い。2〜3現地での聞き込みも試みたが、聞いた相手にもよるだろうが |
町内の方(氏子)でもはっきりとした回答が得られなかった。 |
本来は三嶋大社例祭として行われていた祭典であったが、近年その計画運営を |
三島商工会議所が行うようになってから市民祭りとして定着してきた。期日は曜日に |
関係なく毎年例祭日の8月15日・16日・17日の3日間である。 |
冒頭に記したように三嶋大社の例祭より、一般神事の「しゃぎり」に代表される祭りに |
変わってきた祭りでも大社の神事行事として浦安舞・献燈祭・流鏑馬などは行われて |
いるが、訪問した8月15日(初日)はシャギリの日とうたわれて町中鉦の音が鳴り |
響いている1日であった。 |
2013年8月15日は朝から三島市街に行き、当番町の曳き回しの前になるべく |
山車の細部を見ておこうと5町内の会所・山車置場に伺った。本年の当番町は氏子 |
町内の北西部である。車を広小路の有料駐車場に入れて、まず泉町に行ってみた。 |
どうやらまだ曳き回しの準備中で動きそうもない。しからば、先に山車置場の確認をと |
寿町から西若町に回る。西若町は若宮神社において集合写真の撮影中だった。 |
残り2町内の栄町と広小路を確認に行く途中、もうすでに栄町のシャギリの音が聞こ |
えてくる。すぐに西若町に戻り、若宮神社前に止めてある山車の細部を撮影する。 |
そして、逆回りに寿町。出発前の記念撮影。間をぬって四周から、接近して細部を。 |
出発の邪魔にならないように全体を撮るのは難しいものである。 |
寿町の出発を見送って泉町に戻ると途中の交差点にて山車に出合う。動きながらの |
撮影はさらに難しいが、何とか細部彫刻の有無を確認しながらしばらくは曳き回しに |
つき合って行動した。 |
山車が広小路に出た所で、広小路の山車が駅前を出発するところにタイミングよく |
出合って撮影、その後栄町に回ってみると1回目の町内曳き回しが終わって、山車 |
は無人であった。そこで心置きなくじっくりと撮影し彫刻の確認作業。 |
山車の曳き回しは当番町のみであり、他の15町内の山車が午後から据置山車と |
して、三嶋大社西から広小路駅までの間に交通規制をかけた道路上に展示される。 |
午後2時半、この時から15台並んだ山車はそれぞれ「しゃぎり」の鉦の音を響かせ |
三島の市街中心部は大音響と歓声に包まれるのである。 |
昭和62年の三島市誌によると、山車の制作年代を確定できるものは明治29年の |
市ヶ原と大正11年の加屋町となっており、市ヶ原が渡辺長吉師、加屋町が伊藤 |
高芳師とある。今年は加屋町が参加せず確認ができなかったが、市ヶ原は大社町 |
で、諫鼓鶏を乗せた江戸型人形山車である。 |
他の各町内の山車は大中嶋を除き、比較的新しく昭和から平成の最近制作された |
ものであるが、目だった彫刻のある山車がそれほどなく、やはり山車そのものよりも |
しゃぎりに力を入れた祭りであろう。形は佐原の山車に似ているが、佐原が1層目に |
囃子方が乗るのに比べ三島は2層目に囃子方が鈴なりのように乗っている。 |
2時半から並んだ15台の山車を丹念に2時間かけて確認して回る。15台の山車は |
大中嶋を除いて形はほとんど同型で4輪、2層部分に「出し」が取り付けられており |
それが山車人形か榊の枝や町内のシンボルの作り物であったりする。 |
この中で4台が目を引いた。明治29年の大社町、地元三島で三嶋大社の彫刻も |
手がけた渡辺長吉師の作品と大場の梶山彫刻店となっているが、時代から現職の |
梶山桂成師の作品、それから三好の彫刻師個人は不明だが龍尽くしの山車に |
大中嶋の三輪山車。大正初期の制作らしいが詳細は不明。両側の胴羽目には |
素晴らしい彫刻がはめ込まれていた。 |
概して4台の他は提灯の装飾が多く、山車そのものにはそれほど見どころがない |
ように思われ、やはり三島の山車祭りは「しゃぎり」を楽しむ祭りであろう。 |
![]() |
![]() |
![]() |