川 越 祭



撮影日   2010, 10, 17



1 神社
          神社名     氷川神社
          所在地     埼玉県川越市宮下町2−11−3
          創建       安閑天皇2年(533)
          社格       旧 県社
          祭神       素戔嗚尊(スサノオノミコト)  奇稲田姫命(クシイナダヒメノミコト)
                    脚摩乳命(アシナヅチノミコト)  手摩乳命(テナヅチノミコト)
                    大己貴命(オオナムチノミコト)
          神紋       八雲
          由緒       欽明天皇2年(541)に入間川で夜な夜な光るものがあり、これを
                    氷川神だと捉え当地に氷川神社を勧請したと伝えられる。その後
                    川越の総鎮守として崇敬されてきた。室町時代には長禄元年(1457)
                    川越城を築城した太田道灌が当社を篤く崇敬し和歌を残している。
                    江戸時代には歴代の藩主が川越藩の総鎮守として尊崇して社殿の
                    造営をし特別のはからいをしてきた。



2 祭典日程
          10月第三 土・日  (氷川神社例大祭は10月14日)
          訪問日  2010, 10, 17(日)
          【例大祭】     14日 氷川大神を迎え感謝の奉納 祭礼始之儀(笠渡し) 
          【神幸祭】     15日 神輿渡御 山車巡行(現在は川越祭の初日に実施)
          【第一日目】   午前 神幸祭   
                     午後 宵山の山車揃い 曳っかわせ 
          【第二日目】   午前 山車曳き回し 居囃子
                     午後 山車曳き回し 市役所前の山車巡行 曳っかわせ



3 山車・屋台
          種類        山車
          台数        全29台 (2010年は17台巡行・全台勢揃いは10年に1度の大祭)
          型          川越型唐破風付3層勾欄人形山車(22)
                     江戸型3層勾欄人形山車(5)
                     一本柱唐破風付3層勾欄人形山車(1)  
                     一本柱万度型唐破風付山車(1)
                     廻り舞台
          方向転換     3輪梶棒・4輪梶棒・据輪構造・4輪梃子棒・ジャッキ・バール
          人形        有 (2層目鉾・人形台迫り出し)
          囃子        太鼓・笛・鉦・踊り



4 山車・屋台 詳細      →  詳細ページへ
          志多町          江戸型3層勾欄人形山車(人形=武蔵坊弁慶)
          幸町(旧鍛冶町)    江戸型3層勾欄人形山車(人形=小鍛冶宗近・小狐丸)
          仲町            川越型唐破風付3層勾欄人形山車(人形=羅陵王)
          松江町二丁目      川越型唐破風付3層勾欄人形山車(人形=浦嶋太郎)
          大手町          江戸型3層勾欄人形山車(3輪・人形=天鈿女命)
          今成            一本柱唐破風付3層勾欄人形山車(人形=天鈿女命)
          松江町一丁目      江戸型3層勾欄人形山車(人形=龍神)
          宮下町          川越型唐破風付3層勾欄人形山車(人形=日本武尊)
          元町一丁目(旧本町) 川越型唐破風付3層勾欄人形山車(人形=牛若丸)
          連雀町          川越型唐破風付3層勾欄人形山車(人形=太田道灌)
          中原町          川越型唐破風付3層勾欄人形山車(人形=河越太郎重頼)
          三久保町         川越型唐破風付3層勾欄人形山車(人形=源頼光)
          西小仙波町       川越型唐破風付3層勾欄人形山車(人形=素戔嗚尊)
          野田五町         川越型唐破風付3層勾欄人形山車(人形=八幡太郎義家)
          通町            川越型唐破風付3層勾欄人形山車(人形=鍾馗)
          新富町一丁目      川越型唐破風付3層勾欄人形山車(人形=徳川家光)
          川越市          川越型唐破風付3層勾欄人形山車(人形=猩々)
          喜多町          川越型唐破風付3層勾欄人形山車(人形=藤原秀郷)
          元町二丁目       江戸型3層勾欄人形山車(人形=山王権現)
          幸町(旧南町)      川越型唐破風付3層勾欄人形山車(人形=翁)
          六軒町          川越型唐破風付3層勾欄人形山車(3輪・人形=三番叟)
          末広町          川越型唐破風付3層勾欄人形山車(人形=高砂)
          脇田町          川越型唐破風付3層勾欄人形山車(人形=徳川家康)
          仙波町          川越型唐破風付3層勾欄人形山車(人形=仙波二郎安家)
          岸町二丁目       川越型唐破風付3層勾欄人形山車(人形=木花咲耶姫)
          新富町二丁目      川越型唐破風付3層勾欄人形山車(人形=鏡獅子)
          菅原町          川越型唐破風付3層勾欄人形山車(人形=菅原道眞)
          南通町          一本柱万度型唐破風付山車(人形なし)
          旭町三丁目       川越型唐破風付3層勾欄人形山車(人形=松平信綱)



5 所感     川越祭、川越の山車は山車祭りに関心のある人には必見の祭りであろう。川越の
          町は「小江戸」といわれる、佐原・栃木と並んで江戸情緒の残る蔵の街である。
          川越に行くには西武新宿線と東武東上線があるが、宿泊のホテルの位置から、
          池袋駅より東武東上線に乗った。10時頃川越駅に着きホテルに荷物を預けて
          カメラバッグだけ肩からかけて祭典会場に向かう。会場は西武新宿線本川越駅の
          前から中央通りを北へ1kmほどの区間、札の辻から市役所前と、だいたいこの範囲
          を中心に山車を曳き回す。
          ホテルから本川越駅まで約1.3kmおよそ15分。11時前には駅前に着いた。すると
          前日から始まっている祭典は、もう山車の曳き回しを行っていた。駅前のバス
          ターミナルは飲食の露店で埋まり、中原町の山車が停止して囃子ている。太鼓の横
          ではオカメの手踊り。駅前広場から中央通りに入っていくと、もうあちらこちらで囃子の
          音が聞こえてくる。これは山車を持たない地区や囃子連・保存会の人たちが仮設の
          舞台で早朝から囃子・踊りをやっている居囃子だ。
          川越祭の起源は古い。慶安元年(1648)に川越城主であった松平伊豆守信綱が
          氷川神社に祭礼用具を寄進して祭りを奨励したことから始まる。氏子の上下10ヶ町が
          氷川神社の例大祭に神輿渡御の付け祭りとして行われてきた。当初の祭り規模は
          そんなに大きくはなかったが、やがて徐々に発展し文政9年(1826)の氷川祭礼絵巻
          によると、神幸祭で列をなして川越城に向かう姿が描かれている。神輿・幟・傘・旗・
          獅子舞・屋台そして2輪や4輪の山車。笠鉾も連なる。現在もその形が残る、遠州
          横須賀の三熊野神社例祭で曳かれる1本柱万度型人形山車とそっくりな山車も絵の
          中に見える。
          小江戸と呼ばれる川越の祭りも結構江戸型を模写したものが多く、山車の元も江戸
          天下祭の江戸型山車をもってきて川越流に改良したものである。後部鉾台は2層で
          迫り上げ式、行灯部は上層四方幕、下層見送り幕で覆い、最上部にやはり迫り上げ
          式で人形を載せる。囃子台は江戸型より広く取り、唐破風を付けた屋根が載る。
          4輪の上、せいご台と囃子台勾欄の下で廻り舞台になっている。囃子は神田囃子から
          の流れで3流派あるらしい。大胴(大太鼓)に2つの締太鼓(小太鼓)笛・鉦の5人囃子
          に大胴と締太鼓との間の舞台で手踊りがつく。踊りは曲目によって天狐(白狐)で
          あったり、オカメやヒョットコであったりする。
          川越には29台の山車があるようだが、今年はその内の17台が出ていた。今成の
          1本柱万度型は古来からの形で、また4町内は唐破風の付かない江戸型、神田
          タイプの山車である。その他の今年出ていたものは12台ともほとんど形も大きさも
          同じような川越型と呼ばれている2層鉾台の人形山車であった。
          仲町の羅陵王の山車が1番古く文久2年(1862)の制作だが、明治・大正と数台
          年数を重ねたものもあるが、昭和、平成と最近になって新築した山車が多い。
          彫刻師も様々で江戸彫工の流れの手で彫られたものであろうが、人形の方は
          大手町の天鈿女命、松江町2丁目の浦嶋太郎、仲町の羅陵王、今年でていなかった
          六軒町の三番叟にまつり会館に展示されていた元町2丁目の山王の5台が「仲秀英」
          で幸町の小鍛冶宗近・小狐丸は「原舟月」と、名人と言われた人形師の作品がある。
          午後1時頃、中央通りから何となく撮影しながら札の辻へ。人の流れに乗って
          市役所前に出た。市役所前の道路反対側には観覧席が設けられていた。訊いて
          みると障害者の観覧用らしい。その前の道路上に1台の山車が固定されている。
          平成2年に制作され同14年に寄贈されたものらしい。川越市の所有。高張にも
          はっきりと「川越市」と書かれている。市の所有する山車というのも珍しいと思う。
          これも氷川神社の例祭であるとともに、もう市民全体の祭典になって文化財として
          扱っているからなのか。
          午後1時半頃は市役所前はものすごい人垣であった。参加町内の山車が次々と
          川越市の山車の前を通過するが、双方人形も精一杯高く掲げて廻り舞台を回し
          相手に正対して「曳っかわせ」をする。いわゆる太鼓のたたき合い(囃子の競い合い)
          である。この後町中に繰り出して夜9時過ぎまで辻辻で複数台の山車の曳っかわせ
          が繰り広げられる。
          町中を歩いていると山車の来る前に先触れが各会所に赴いているのに出会う。
          先触れが通る町内の会所に挨拶を終わってから、金棒(錫杖)を手にした者が
          露払いであろうか先頭に立ち、次に手古舞姿の女性。黄色の袴、着物に襷をかけて
          手には金棒(錫杖)を持ちシャリンシャリンと突きながら歩いてくる。それから
          山車の曳き手が来る。
          今回の川越祭の見学は氷川神社例大祭と同日ではなく、山車曳行が10月の第3
          土・日となっているので、神社の神事関係・神幸祭を見学することができなかった。
          例大祭は10月14日、神幸祭は15日に行われる。次回にもし川越祭を見学する
          機会があれば、ぜひ最初から見てみたいと思った。
          やはり蔵の街と山車の曳行は非常によく似合う。



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